「嵐のあとで」~「ストーム・ハウス」感謝会~
作品が巻き起こした豊島での軌跡

ジャネット・カーディフ&ジョージ・ビュレス・ミラーによる「ストーム・ハウス」は、実際に使われていた豊島・唐櫃からと岡の空き家を改修し、嵐がやってきてから過ぎ去るまでの約10分間を体感できる作品です。2010年7月19日、第1回瀬戸内国際芸術祭の開催と同時に誕生し、施設の老朽化のため、2021年11月28日をもって12年間の歴史に幕を閉じました。

晴天に恵まれた12月5日、作家と島民・関係者、約50名をオンラインで繋いだ感謝会「嵐のあとで」を、豊島の公堂で行いました。この「嵐のあとで」というタイトルは、ジャネットさんが、参加者の記憶や感覚をより研ぎ澄ませることを願って考案したものです。今回の記事では、当日の会の模様をお伝えします。

*コロナ禍のため、ジャネットさん、ジョージさんはカナダから、福武代表はニュージーランドからオンラインで参加。

豊島で生まれた「嵐」が人々の心、地域に起こした変化をみつめる

最初に、三木あき子さん(ベネッセアートサイト直島 インターナショナル・アーティスティック・ディレクター)から、会の趣旨が紹介されました。

「『ブレインストーミング』という言葉もあるように、『嵐』は揺さぶりをかけ、変化を起こします。ベネッセアートサイト直島は、瀬戸内の自然や古くからの建築を生かしてアート作品をつくってきました。私たちは、鑑賞者が作品を通して『よく生きる』について考えるきっかけを生み出すこと、そして地域とともに発展することを目指しています。今日は『ストーム・ハウス』が、12年間のあいだにどのような嵐を人々の心に引き起こし、地域のコミュニティーに変化を起こしたかを考えていくために、その軌跡をみなさんと共有し、振り返りたいと思います」(三木あき子)

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続いて、福武總一郎(ベネッセアートサイト直島代表)より、この作品を豊島に展示することを決めた理由が語られました。

「2009年に新潟・越後妻有『大地の芸術祭』でこの作品の前身となる『ストーム・ルーム』を鑑賞しました。会期が終われば閉鎖されると聞き、『ぜひ豊島に持っていきたい。この作品は、晴れの日が多い瀬戸内海にぴったりだ。海外の方にも日本の季節感を感じてもらえるに違いない。幼い頃の思い出を彷彿とさせる素晴らしい作品だ』と強く感じました。そしてよい建物が見つかり、瀬戸内国際芸術祭と同時にスタートさせることができました」(福武總一郎)

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「水は恩恵を与えると同時に、ときに大きな破壊をもたらすもの」

次に、三木さんが「第4回ベネッセ賞受賞」に始まるジャネットさん、ジョージさんとベネッセアートサイト直島との関係や、『ストーム・ハウス』に関連した作品などについて紹介。作家からも、作品への思いや秘蔵エピソードが披露され、会場は和やかな雰囲気に包まれました。

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「この作品ができた背景をお話ししますね。私が初めて越後妻有を訪れたとき、驚くような豪雨を体験して畏敬の念に捉われました。同じ頃に黒澤明監督の映画『羅生門』を見て、冒頭の強烈な大雨が強く印象に残りました。この作品は、私たち自身の日本での雨の体験が結実したものです。水はさまざまな恩恵を与えます。一方、魔法めいていながらも怖さを感じさせる嵐は、ときに大きな破壊をもたらします。だから、水に囲まれた島、水が重要な意味を持つ豊島にこの作品を持ってくることができたのは、私たちにとって、とても嬉しいことでした。作品の公開終了は大変残念ですが、今後、どこかで雷鳴や窓に打ちつける雨音を聞いたとき、みなさんがこの作品を思い出してくださることを願っています」(ジャネット・カーディフ)

ストームハウス

「この作品作りには、35歳で初めて訪れたディズニーランドのアトラクション、『チキルーム』での体験も影響しています。鳥の歌声や楽しい仕掛けの最中に、いきなり雷がとどろいて、窓に雨粒が打ち付けられるような音が聞こえてきたとき、ジャネットと顔を見合わせて、『いつか使わねば』と誓い合ったんです! 私たちは、根源的な自然の力と向き合ったときに呼び起こされる、人々の感情や反応に関心があります。実は、今年公開した新作では『ストーム・ハウス』の音源も使っているんですよ。ジャネットの歌声やほかの音を組み合わせて、鑑賞者自身が嵐を作ることができる作品です」(ジョージ・ビュレス・ミラー)

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「この作品はなくなるのではなく、
人々の心に刻み込まれ、いつか生まれ変わる」

島の方々からは「この田舎に行列ができたのは、すごく魅力的なことだった」「観光客に道を聞かれて、話をするのが楽しみだった」「この作品はなくなるのではなく、生まれ変わる。またどこかで新しい作品ができることを期待したい」という声が挙がりました。

12年間支えてくださった技術者の方々からは「最初はラジコンの部品を使っていて驚きました。産業用の部品に置き換えたり、工夫を凝らしたんです。仕掛けのギミックがうまく機能せず苦労したこともありましたが、なるべくオリジナルの作品を壊さないように頑張ってきました。面白い作品に関わらせてもらい、ありがとうございました」と、職人魂に火がついたエピソードが共有されました。ジョージからは「あの驚くほど独創的な、水の制御システムを作り出してくださったこと、本当にすごいと思っています。ぜひ、改良した図面をください!」との申し出があり、会場が笑いに包まれました。

作品受付に携わってくださった、1,152名のこえび隊代表者からは「お客さんが『外も雨だね』、『あの咳払い、本当におじさんがいるのですか?』など、スタッフに話しかけてくださる方が多く、とても楽しく受付できる作品でした。作品がなくなっても、雨の強い日はきっと『今日はストーム・ハウスみたいな日だね』と盛り上がると思います」などのエピソードが披露されました。

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これまでに『ストーム・ハウス』を鑑賞してくださった方は15万9,873人。会場には、こえび隊の「作品のてびき」や日報、国内外から寄せられた750件を超えるアンケートも展示されました。当日は時間の関係でご紹介できませんでしたが、欠席した関係者からも作品との思い出が寄せられました。

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「元気な音を聞かせてくれて、大人も子どもも楽しめる作品だった」(島民の方)

「この家屋は、島の方々が探してくださった、約10件から選びました。唐櫃岡という立地、建物の大きさ、形が、『ストーム・ハウス』にピッタリだと考えました」(家屋探し担当者)

「ご近所さんは、大きな音も『ええよー、慣れとるからなー』とおっしゃってくださり、大変お世話になりました。でも、『ストーム・ハウス』が鳴らなくなったら寂しく思われるかもしれませんね」(10年間担当したこえび隊スタッフ)

「様々な工事で、特に苦戦したのが雨漏り。『雨、漏れとらんぞ~!』『出すぎじゃ~止めぇ~止めぇ~!』などと言われながら調整して、時には天井内でホースが外れて本当の雨漏りを発生させた事も...。『丁度良い雨漏り加減』をみなさんと維持してきました。雨が降るたび、思い出しそうです」(メンテナンス担当者)

「作品が完成した日(オープニング前日)はちょうど梅雨明けのタイミング。まさに『ストーム・ハウス』のような夕立に見舞われた後、唐櫃岡から見た、綺麗に晴れた夕景は今でも覚えています。またどこかで、バージョンアップした作品に出会えることを願っています!」(作品制作担当者)

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なお、当日ご参加くださった方へのおもてなしとして、作家が住むカナダにちなんだメープルシロップ風味の紅茶と、作品をイメージしたお菓子(食堂101号室 長屋諒子さん考案)を提供しました。『ストーム・ハウス』の建具そっくりな、ほうじ茶味クッキー。その建具を流れる雨は飴細工。雲に見立てたメレンゲの中には雷のようなパチパチキャンディー! 五感で楽しめるお茶菓子が、参加者の体と心を温めてくれました。

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「嵐には始まりがあり、いつか終わりがある。
終わりは新しい未来、再生の始まり」

「嵐には必ず始まりがあって、普通は終わりが来るものです。この12年間は、私たちにとって非常に素晴らしく、信じられないぐらい瞬く間に過ぎ去りました。『ストーム・ハウス』での嵐の場合は、終わりを迎えることが悲しいですが、今日、みなさんのお話を伺うことができて感激しました。私たちが作ったこの作品が、こんなに大切に思っていただいていることに感謝しています。未来に希望を持ちましょう!」(ジャネット・カーディフ&ジョージ・ビュレス・ミラー)

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会の最後に、三木さんは、「シェイクスピアの『テンペスト』では、空気の妖精エアリアルが魔法で海に嵐を起こして船が難破しますが、それはまた出会いや愛、和解、自由へと繋がりました。嵐は究極的に生と死、その循環・再生を想起させるもので、この、アーティストたちの魔法で起こした嵐が、15万9,873人の心や地域にどのような変化を起こしたのかを踏まえて次を考えていくことに意味があります」と語りました。
今回の感謝会「嵐のあとで」は、その一端を共有するかたちでしたが、「終わりは新しい未来、再生の始まり」ということを胸に、私たちは作品の今後、地域の未来を引き続き考えていきます。

豊島の唐櫃で起こった、長く美しい嵐は過ぎ去りました。
次は、どこで嵐が巻き起こるでしょうか。
そのときを、どうぞお楽しみに。

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<アーティスト・プロフィール>
ジャネット・カーディフ  1957年カナダ、ブリュッセルズ生まれ
ジョージ・ビュレス・ミラー 1960年カナダ、ベーグルビル生まれ

1995年頃から共同制作を始め、現在ともにカナダ・ブリティッシュコロンビアとベルリンを拠点に活動。高度な音響技術を駆使したサウンド・インスタレーションで知られている。第49回ヴェネツィア・ビエンナーレのカナダ館代表、ヴェネツィア・ビエンナーレ特別賞、第4回ベネッセ賞※受賞(2001年)。ドクメンタ13(2012)など国際展多数参加。ベネッセアートサイト直島では、第1回瀬戸内国際芸術祭の開幕とともに、豊島で『ストーム・ハウス』を開館(2010年7月19日-2021年11月28日)。ベネッセハウス ビーチ客室にて直島に2週間滞在し制作したコミッション・ワーク「Dreaming Naoshima」(宿泊者のみ鑑賞可能)を2016年より公開中。

※ベネッセ賞:1995年、福武書店からベネッセコーポレーション(現:ベネッセホールディングス)への社名変更を機に、傑出したアーティストのアート活動を評価し、企業理念である「Benesse=よく生きる」を具現化するアーティストを支援する目的でスタート。これまでの受賞者には蔡國強、オラファー・エリアソン等も名を連ね、ベネッセアートサイト直島にてサイトスペシフィックワークを制作しています。

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