「2,000個の陶器製の歯」が出迎える――
大竹伸朗「はいしゃ」追加制作ドキュメント

1980年代から活動するベネッセアートサイト直島の記録をブログで紹介する「アーカイブより」。今回は、大竹伸朗氏による家プロジェクト「はいしゃ」"舌上夢/ボッコン覗"(2006年)について、2018年に行われた塀の追加制作のプロセスを紹介します。

「はいしゃ」
塀の追加制作以前の「はいしゃ」"舌上夢/ボッコン覗"(撮影:鈴木研一)

「はいしゃ」は、かつて歯科医院兼住居だった直島・本村地区の建物を、2006年の「直島スタンダード2」展をきっかけに大竹伸朗氏がまるごと作品化したものです。彫刻や絵画、スクラップなど、外観・内観ともに大竹氏ならではの多様な作品様式が盛り込まれ、家全体が一つのコラージュ作品として成り立っています。

「はいしゃ」制作時、大竹氏は建物を囲む塀には手を加えず、既存の塀をそのまま活かしました。しかし2018年、安全上の理由から塀の一部を建て直すことになりました。建て直しについて福武財団が大竹氏に打診したところ、「どうせなら塀も作品の一部として手を加えたい」という意向が示され、追加制作が決まりました。大竹氏は「歯茎色」の塀に陶器製の歯を埋め込むというアイデアを提案しました。

愛知県常滑市の土壁
大竹氏が着想を得た愛知県常滑市の土壁。壁には点々と石が埋め込まれている。壁の手前にあるのは「はいしゃ」の塀のサンプル。

アイデアが生まれたきっかけについて、大竹氏は以下のように語っています。

「壁に『陶器製の歯を埋める』というアイデアは、愛知県常滑市で無数の小石がランダムに埋め込まれた土壁を偶然見たことから生まれました。その場で『砂利投げかき落とし』という左官技法による壁であることを知りました。その土壁を見ているうちに埋め込まれた小石が歯と重なり始め、その技法に倣い、手で成形する無数の『歯タイル』を『歯茎色の土壁』に投げ込む案が浮かびました」

大竹氏は出会った人や物に自身が触発されて作品をつくっていくという制作姿勢から、「旅の作家」と評されることもありますが、今回の着想からもその姿勢が読み取れます。

焼成前の歯
写真(左)は粘土をこねて歯の形に整形している大竹氏。写真(右)は焼く前の歯。

2018年8月、愛知県常滑市でおよそ2,000個の陶器製の歯が制作されました。大竹氏のご家族と福武財団の職員らは、2日間にわたってそれらを一つひとつ手作りしました。できる限り本物の歯に見えるように、釉薬ゆうやくまでこだわって制作しています。

焼きあがった歯
焼きあがった陶器製の歯を確認する大竹氏。白い歯だけではなく、銀歯と金歯もある。(撮影:額賀順子 提供:(株)LIXIL)
歯の埋め込み
陶器製の歯を塀に埋め込んでいく大竹氏。(撮影:額賀順子 提供:(株)LIXIL)

大竹氏による現場での塀の制作は、2019年3月に2日間かけて行われました。建て直した塀の一部が「歯茎色」のモルタルで着色され、その上から大竹氏が手作業で陶器製の歯を一つずつ埋め込んでいきました。さらに、陶器製の歯だけではなく、歯や口など、歯科医院にまつわるモチーフを描いたタイルも共に埋め込まれています。

塀の一部
完成した塀の一部。陶器製の歯とともに歯や口などが描かれたタイルも埋め込まれている。(撮影:額賀順子 提供:(株)LIXIL)

このように新しく生まれ変わった塀は、かつてこの場所で歯科医院が営まれていたことを想い起こさせます。作品と場所との結びつきがより一層深まり、本村の風景とも重なり合いながら、ここにしかない唯一無二の空間となっています。

完成した塀と大竹氏
完成した塀と大竹氏。(撮影:額賀順子 提供:(株)LIXIL)

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