"芸術生態系"を考える
~シンプルの中の複雑性~
ベネッセアートサイト直島が活動を始めて40年を迎える今、この場所は世界的な認知度を獲得し、国内外から多くのお客様が訪れています。その一方で今後どのように活動を展開していくのか模索する段階にあります。その中で福武財団理事長の福武英明が提唱したビジョン"芸術生態系"は、現代に生まれ、数世代先まで続く"文化"をつくることを目指しています。新しいあり様を模索する中で、今回は株式会社大林組の取締役会長でありアートコレクターでもある大林剛郎氏と、Pace ギャラリー副社長の服部今日子氏、株式会社 虎屋 代表取締役社長の黒川光晴氏をお招きし、"芸術生態系"、そして何世代も続いていくものの共通点について思考を巡らせました。

お茶からの学び「茶道は総合芸術である」
福武英明(以下、福武):茶道は何回やっても毎回新しいことを教えられ、毎回新しい発見があります。そのシンプルさの中にある複雑性が、茶道がこれだけ長く続いている要因の一つなのではないかと思います。そこにベネッセアートサイト直島がこれからも長く続いていくためのヒントがあるのではないかと思い、今回直島で茶会を開催し、大林さん・服部さん・黒川さんたちに協力いただきました。
大林剛郎(以下、大林):自分が茶道を始めたのは、20代でアメリカに留学をしたときに、自分自身が建設会社の4代目であるにも関わらず、日本の文化について何も知らないということに気づいたのがきっかけでした。その時に父から勧められたのが茶道でした。
茶道は、書・花・器・所作など、多くの文化要素を統合した"総合芸術"といえます。またお茶を習うことで、お香や食、数寄屋建築などの知識も得られます。まさに茶道はジャパニーズトータルカルチャーだと思います。もうお茶を始めて30年以上が経ちましたが、ここまで楽しく続けてきました。福武さんから直島という芸術の情報発信地において、日本の文化も取り入れていきたいという話を聞いて、本日の茶会を喜んでお手伝いさせていただこうと思いました。
変わらないようで変わり続ける「おいしさ」
黒川光晴(以下、黒川):虎屋は約500年の歴史を持っています。和菓子屋としてもっとも重視するのは「おいしい菓子をつくる」ことです。例えば、看板商品である「夜の梅」という羊羹は200年以上作られていて基本的な作り方は変わっていませんが、豆の品種改良など細かなアップデートは常に継続して行っています。
一方でおいしさは味だけでなく、口に含んだときの香りや、切った時の断面の美しさ、意匠から連想される情景・情緒なども含まれます。また虎屋では和菓子を作る企業であるということだけでなく、そこに宿る芸術性、文化、古くから受け継がれてきた行事、自然の恵みへの感謝を持つことを大切にしています。長く続けていく上では、守る/残す/変える、 のバランスが大事だと考えています。
100年単位で物事を考える
服部今日子(以下、服部):現代アートはまだ歴史が浅く、Pace ギャラリーも創業から今年で65年ですが、常に「100年後に残るアーティストを支援しよう」という方針を掲げています。このように長いスパンで物事を見据えているところは、ベネッセアートサイト直島がこれから目指すものに通じるところがあるかと思います。
一方、前職のフィリップス・オークションは18世紀創業と長い歴史があります。オークション会社のビジネスでは、その瞬間で一番高い値段がつくものを追求しています。その"瞬間"一番値段が高いものを追い求めた結果、オークションというビジネスが三世紀続いているというのもとても面白いと思います。
ベネッセアートサイト直島への示唆
服部:大林さんが自らのアートコレクションを展示するためのプライベートミュージアムとして作った游庵の魅力は、大林さんご自身が作品を選定しているところです。それは個人のエゴによる強さであり、それが魅力になります。公立の美術館では、関係する人たち全員の意見を聞いて作品を購入するので、展示される作品は月並みなものになりがちです。ベネッセアートサイト直島が海外からもこれだけ評価されているのは、独自のカラーがあるからだと思いますし、これから探していくカラーもどんな色になるかわかりませんが、それがこの場所の魅力になっていくと思います。
大林:自分がお茶会に呼ばれて行って一番大事なことは「質問をすること」だと思っています。「これは何ですか?」「これは誰が作ったのですか?」と疑問に思い、質問することで、物を通して人とつながることができます。
これはアート作品も同様で、世界トップクラスの美術館に行くと、いつ行っても良いものがみられると同時に、常に新しい発見があります。気になる作品があったら「この作品を買った人はなぜこれを買ったのか?」「アーティストはどうしてこんな作品を作ったのか?」と疑問を持ち、徹底的に調べます。それによって自分自身の世界が広がるし、なぜこういった作品を作ったかが見えてきます。それこそが現代アートの面白さです。
黒川:直島は全く旅行者が来なかった時代から、今は外資系ホテルが誘致されるような場所になっています。それほど注目される場所になったのは、もちろんアートの力もありますが、それだけではなくここには自然や宿泊なども含めた"総合芸術"があるからだと思います。弊社でいう「おいしさの追求」のように、シンプルに何を追求するのか、それを一つに絞るのは難しく、単純ではないと思います。
福武:我々の活動を多くの方がすごい、良いと褒めて頂けるのはとても嬉しいのですが、同時にそのような状況には問題意識を持った方が良いとも思っています。常に当たり前だと思われていること、皆が称賛する事に対しての問題意識と、それに敢えて抗う強さを持っていてほしいと思います。そしてベネッセアートサイト直島の持つ単純ではない、総合的・複雑な美しさ・芸術性を模索していきたいと思っています。
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