寄稿「瀬戸内国際芸術祭を伝える~こえび隊がつなぐ、島と来島者~」甘利彩子

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瀬戸内国際芸術祭(以下、芸術祭と表記)は、2010年から始まった現代アートの祭典です。テーマは「海の復権」「島の元気」。来島者はアート作品の展示を見るだけでなく、アート作品から島の歴史や文化を知り、集落を歩き、地元の食べ物を食べることによって島の暮らしを垣間見ることができます。島で暮らす人にとっては、多くの人たちと交流することや、3年に一度の芸術祭に合わせた地域計画を立てることが島の元気へとつながっています。そのために、芸術祭のサポーターであるこえび隊は芸術祭の開催期間だけでなく、通年で地域にしっかり寄り添う様々な取り組みをしています。その取り組みのひとつが、島と来島者をつなぎ、芸術祭の旅をより楽しんでもらいたいという、こえび隊の「カスタマイズツアー」です。

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はじまりは、こえび隊

芸術祭にとって、会期と会期の間の約1,000日は、とても大切な期間。こえび隊は、継続して島々に通い、島民の方々と交流を重ねています。アーティストと一緒に作業をしたり、島民の方々に土地のお話を聞いたりするほか、地域のお祭りにも参加しています。そのような活動を通して、旬の野菜や魚、お祭りや行事のしきたり、近頃の天候、島で話題になっていることや困っていることが徐々にわかるようになります。

また、アーティストたちが話す作品への想いや、手伝ってくださる島の方の気持ちも知っていきます。こうした、こえび隊だからこそ体験している芸術祭や島の魅力をもっと多くの人に伝えたいと、お客様の要望に合わせたオーダーメイドの旅のコーディネート、「カスタマイズツアー」が始まりました。2019年には100ツアー、約3,000人のお客様をご案内しています。参加者の国籍や背景は様々で、中国やアメリカ、遠くはエクアドルからのお客様もいました。行政機関の関係者による視察もあれば、プライベートなガイドの依頼もあります。もちろんガイドをするのは、こえび隊で、彼・彼女らが体験した島や芸術祭のおもしろさ、奥深さを伝えようと、趣向を凝らしています。

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個性豊かなガイドに支えられるカスタマイズツアー

芸術祭を案内するガイドというと、美術館の学芸員の方々が行うような作品についての解説をイメージする方も多いと思いますが、こえび隊のガイドはそれとは異なります。現代アートというと難しい、わからない、と思われる方が多く、よく「作品を解説してください」と言われます。私たちは作品の解説だけではなく、島やその場所の特徴をご案内します。そうすると作品と場所の関係性がわかり、その土地ならではのアート作品の魅力がより伝わります。そうした背景を知ることで作品の見え方も変わります。また、アーティストの人となりや作品制作の苦労話など、具体的なエピソードをお話しすることで、お客様にさらに作品を好きになってもらえるよう、ガイド一人一人が創意工夫を凝らしています。

例えば、かつて美術の先生だった女性は、ガイド当日にスケッチブックを持参します。「なぜ、女木島には強い風が吹くのか?」を、手描きのイラストで説明してくれるのです。彼女は小豆島出身で、バスに乗るとマイクを握りしめ「♪ゆ~めもたの~しい~」と美声を響かせます。これは「オリーブの歌」の出だしで、小豆島を代表する歌なのです。そして、竹の巨大アートをつくる台湾出身のアーティスト、王文志さんと、彼の作品がある小豆島・中山地区の住民をつなぐ絆の歌でもあります。このように、身近な絵や歌を通してお客様に島や芸術祭の特徴を伝えようと工夫しています。また、英会話学校の校長先生は、海外のお客様をご案内する前日にはしっかりマニュアルを予習します。日本語であれば伝わる内容も、翻訳されたことによって伝わりにくくなる場合もあるところを、彼女は上手に整理し、ウィットに富んだたとえで作品の楽しみ方を独自に伝えています。彼女自身、旅を楽しむ雰囲気をもっているので、その楽しい気分がお客様に伝わり、今では彼女のファンが世界中にいます。また、現役の小学校の先生である女性は、2010年から大島に通いハンセン病療養施設の入所者との交流を続けています。子ども向けの宿泊合宿では、ハンセン病や入所者の暮らしをわかりやすい言葉で子どもたちに伝えています。ガイド活動は、こえび隊での体験や自身の特技を生かせる活躍の場であり、みんな生き生きとガイドをしています。ガイド同士で集まり勉強会や現地実習も実施しているので、これからますます内容の濃いものになっていくと期待しています。

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芸術祭の旅をコーディネート

個性豊かなガイドさんに支えられている一方で、どんな旅をコーディネートするかも大切です。1DAYバスツアーや観光旅行とは異なり、芸術祭の旅をコーディネートするときに気をつけていることがいくつかあります。まず、島の歴史や芸術祭の経緯を理解したうえでお客様にとってベストな行程を組むこと。約30年にわたりアートによる地域づくりに取り組んできた直島。芸術祭をきっかけに移住者が増えている男木島や小豆島。そうした移住者への後押しをしている市・町や自治会の取り組み。芸術祭らしい"食"の展開を進めている食事処や地域のお母さんたち。アーティストや島民やサポーターの交流。芸術祭やその周辺には、大小様々な動きやストーリーが数多くあります。それぞれの島に様々な物語があります。どのストーリーに触れるのがお客様にとって最適かを考え、訪れる島や行程を検討します。島でのマナーも大事です。島の方に会ったら挨拶をする。ゴミは持ち帰る。ほかにも80人乗りの定期船に20人の団体が予約もなしに乗るのは避けるべきことであり、小さな島には車やバスを乗り入れることはマナー違反です。島とそこで生活する人のことを一番に考えなければいけません。そして、お客様にとってみれば、どの島に行ったとしても瀬戸内での滞在はひとつの大切な体験であることにかわりありません。各施設や交通事業者などと事前にできるだけ細やかに調整し、ワンチームでお客様をお迎えしています。芸術祭は、土地の記憶・人々の生活から出発し、アート・建築をはじめ、パフォーミングアーツ、食、工芸、国際交流など、様々な分野にウィングを広げて展開しています。私たちは、それらを複合的に体感できるような行程を提案していきたいと考えています。

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「自分自身を映す旅」へ

これまで10年にわたり、芸術祭の旅のコーディネートをしてきた私たちは、芸術祭実行委員会や公益財団法人 福武財団とともに、次のステップに向けて新たな取り組みを始めました。芸術祭を通して島で学べることを、修学旅行や企業研修に活かしてもらおうという「瀬戸内スタディツアー」の提案です。参加者がアート作品に親しむことを通して、島そのものの魅力や課題を発見し、地域再生に向けた芸術祭の取り組みについて知ってもらおうというものです。また、案内役であるこえび隊や旅の仲間、そしてツアーにおいて交流する人々との対話を通して、考えをさらに広げ、深めることもできるツアーを提案していきたいと考えています。例を挙げると、産業廃棄物の不法投棄問題を抱えてきた豊島で、内部空間で一日を通して泉が誕生する豊島美術館や食を扱う島キッチンを巡ることによって、豊かさとは何か、そして自然と人間の関係について考えることができます。ハンセン病元患者の90年にもわたる強制隔離があった大島では、アート作品を通してハンセン病の歴史やかつての入所者の暮らしを学ぶことができます。また、休校になった小・中学校が移住者の方によって再開された男木島では、「小さなコミュニティで暮らすとはどういうことか」、「芸術祭は地域を変えることができるのか」という問いに対するヒントを島民から聞くことができます。その土地の歴史や課題を知り、自分ごととして考える体験は、「自分自身を映す旅」になりえると私は思います。こうした取り組みを子どもたちの校外学習や大学や社会人向けの研修として実施し、長期的なプログラムとして継続していきたいと考えています。

※本記事は「ベネッセアートサイト直島 広報誌 2021年10月号」掲載の記事を転載しています。

甘利彩子あまり あやこ


NPO法人瀬戸内こえびネットワーク事務局長。
1981年長野県長野市生まれ。2004年香川県高松市に移住。2009年、瀬戸内国際芸術祭ボランティアサポーター「こえび隊」立ち上げ、事務局の運営を始める。2012年、NPO 法人瀬戸内こえびネットワーク発足。こえび隊事務局をはじめ、島々との交流や芸術祭における食やパフォーミングアーツ、ツアー、継続プロジェクト等の企画・運営を行う。また大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ、北アルプス国際芸術祭、奥能登国際芸術祭等々、地域型芸術祭のサポーター事務局の運営に携わる。

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