"芸術生態系"を考える
~問いを開き続ける~
現代に生まれ、数世代先に続いていく文化をつくることを目指し、福武財団理事長の福武英明がとなえるビジョン"芸術生態系"。その姿を紐解く対談シリーズの第3回は、2025年大阪・関西万博のテーマ事業プロデューサーも務めた慶應義塾大学教授・宮田裕章氏をお迎えし、教育から食、社会デザインまで、様々な視点を交えたセッションを行いました。

地域に根を下ろした学び
宮田裕章(以下、宮田): ベネッセアートサイト直島の活動が、福武總一郎さんから英明さんに受け継がれ、どうなっていくのか。それを「芸術生態系」以上に的確に表した言葉はないなと、その名前を聞いた時に痺れました。生態系は一人では作れません。ここに関わるメンバー全員が生態系の一員であるという、英明さんらしいフラットな視点とともに、この地に根を張りながらこの先も活動を続けていく覚悟を感じました。僕も2026年4月から飛騨で大学を立ち上げますが、そのコンセプトを「共創生態系」と名付けました。
福武英明(以下、福武): その「共創」という枠組みの中で、地域と教育がどう関わっていくべきだとお考えですか。

宮田: やはりフィジカルに学ぶことが重要だと思います。なぜ直島に来るのかといえば、五感のためじゃないですか。経済合理性の渦巻く都心から離れて、何が大事なのかを地域と一緒に考える。そのためには、単にディベロッパーがものを作って儲けるのではなく、その土地にある自然や記憶、文化、歴史と結びつくことが不可欠です。ベネッセアートサイト直島の舞台になっている島々は、かつて公害や産業廃棄物といった、いわば負の遺産があった場所です。そこから「Benesse=よく生きる」という理念で地域に根を下ろしながら生態系を紡ぎだしてきました。それは、地域にコミットし続ける覚悟を持って活動してきたからだと思いますし、学生にもそういう覚悟をもって関わってほしいなと思っています。
※公益財団法人 福武財団とCo-Innovation Universityを運営する学校法人CoIU、一般社団法人Co-Innovation Ecosystemは、教育研究プログラムおよびカリキュラム連携に関する基本協定を締結しました。
福武: 直島はアクセスしづらい場所ですが、だからこそ残った文化や、そこから生まれた独自の熱量があります。若者が地域で学び、直島のアートや文化に対して外からの目線で新たな解釈を加えてくれる、あるいは、今の活動に新たな問いを投げかけてくれると、教育という枠を超えて、アートを通じた地域づくりにさらなる可能性が出てくると感じています。
アート×食×生態系

福武:食に関しても同じことが言えるかもしれません。最近は食にも力を入れていますが、単に美味しいものを出すことが目的ではありません。食という手触り感のある文化を通じて、どうコミュニティを豊かにし、生態系の循環を理解してもらうか模索しています。
宮田:直島はアート・建築・空間において世界の頂点の一つですが、ここからさらに「食×アート×空間」という新しい軸にチャレンジしてもいいかもしれないですね。日本の食はすでに芸術体験の域に達していると思いますが、やはり食に空間や生態系の視点が入ってくると面白いと思います。
福武:大事なのはどちらの視点から見るかだと感じています。例えば、最近アートホテルは沢山ありますが、ホテル視点のアートホテルの場合、ロビーや客室に有名な作品を置くことを目指す場合が多いです。しかし、ベネッセアートサイト直島が目指すのは美術館視点のホテルです。どうすればアートの体験価値を高められるか、その機能として宿泊や食があるという考え方です。アートや建築は時間軸が長く、日々の生活では感じにくい部分もありますが、食なら毎日の関係性の中で文化を深めていけると考えています。
"自分ごと"として考える体験」

福武:今の直島は展示する側と鑑賞する側に分かれすぎていて、かつてのような、誰もが表現の渦中にいるような主体性が薄れているという課題も感じています。昔はもっと、島全体がイマーシブ(没入型)だったと思います。コミュニティや食も含め、アーティストや島民、訪れる人、みんなが"自分ごと"として入り込める生態系を再構築したいと思っています。
宮田:直島自体がイマーシブであるという視点は、まさにその通りだと思います。ただ、観光ルートや攻略法が整備されることで、体験がパターン化し、閉じてしまう危うさもあります。そこに多様性や相補性をどう入れていくかを考えることが大切です。変化のスピードやあんばいは議論の余地がありますが、サイトスペシフィックなものだけでなく、あえて変化球を投げ込むのも面白いと思います。食も同様で、パターン化した観光を崩し、五感を通じて島の時間や文化と深く繋がるような体験を作っていくことで、誰もが主体性を持って入り込める余白が生まれるはずです。
"問い"を開き続ける
福武: 宮田さんが大阪・関西万博で掲げていた「最大多様の最大幸福」という考え方は、近代的な「最大多数の最大幸福」へのアンチテーゼとして非常に興味深いです。ただ、多様性を開こうとすると、単なるバラバラな個の集まりになってしまう懸念もあります。
宮田: それは非常に難しい問題ですね。大阪・関西万博では「多様にしてひとつ」というコンセプトも掲げましたが、これは一つにまとまるのではなく、個々がバラバラな個性を主張しながらも、1つの未来に繋がっているということです。今この瞬間ではなく、未来軸の中でどこに向かうかを意識することで、今日の一歩が変わる。直島は、すでに未来軸が意識されています。異なる問いが異なるままに響き合い、開き続けている姿こそ、これからの世界のモデルになると思います。
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