福武ハウス「MEETING アジア・MEETINGアーティスト:ヘリ・ドノ」

瀬戸内国際芸術祭2019開催期間、「福武ハウス」では、ベネッセアートサイト直島のアジア現代アートコレクションを中心とする展覧会「眼に見える魂」を開催しています。瀬戸内国際芸術祭2019開幕初日の4月26日、インドネシアの現代アート界を代表する、国際的に活躍しているアーティストの一人であるヘリ・ドノ氏を迎えてトーク・イベントを、自身の作品が設置された展示スペースにて行いました。イベントに参加した大学生ら15名は、アーティストの話に熱心に耳を傾けました。

ヘリ・ドノ氏の作品が展示されたアートスペースでのトークの様子(写真:三浦尚志)
ヘリ・ドノ氏の作品が展示されたアートスペースでのトークの様子(写真:三浦尚志)

「作家の声を聞き、作品の背景や込められたメッセージを読み取ってほしい」

初めに、展覧会のキュレーションを担当した三木あき子(ベネッセアートサイト直島 インターナショナル・アーティスティック・ディレクター)が、福武ハウスが元小学校であったことから今回は学びを重視した形で学生の皆さんに参加してもらうトークを企画したと説明し、ヘリ・ドノ氏が制作した10枚組の絵画「The Odyssey of Heridonology」について、「ヘリ・ドノさんがこれまでに創作した作品(パフォーマンスやインスタレーション)が組み込まれていることから、アーティストとしてのキャリアを色濃く出している作品と言えます。彼がどのようにアーティストとしての生き方を選んで活動しているのかという話を今日は語っていただきたい。また、参加者の皆さんには、作家自身の声を聞いて、作品の背景や込められたメッセージを読み取ってほしいと思います」と語りました。

写真右:三木あき子、中央:ヘリ・ドノ(写真:三浦尚志)
写真右:三木あき子、中央:ヘリ・ドノ(写真:三浦尚志)

「芸術大学の卒業証書より、美を通して自らを表現していくことが大切」

ヘリ・ドノ氏の話は、幼少期のエピソードから始まりました。幼少期は、決して裕福な家庭ではなかったけれども、父の仕事の関係で、スカルノ大統領(インドネシア初代大統領)の公邸を訪れ、優れた美術作品に触れる機会に恵まれていたそうです。

小学生の時、「将来何になりたいですか?」と先生に聞かれた際、同級生はエンジニア、ドクター、パイロットなど一般的な職業を口にする中で、ただ一人「画家になりたい」と答えたほど、幼いころから絵を描くことが好きでしたが、小学校・中学校・高校を通じて美術の成績は「悲惨なもの」だったそうです。高校卒業後はASRI(インドネシア国立芸術大学)に進学するものの、相変わらず美術の成績は芳しくなかったといいます。ASRIには、1980年~1987年の7年間在籍しましたが、卒業3カ月前に自らの意思で彼は退学(ドロップ・アウト)を選びました。

その理由をヘリ・ドノ氏は「卒業証書のような認定書の有無は、アーティストとして生きることを決めた自分にとっては大きな事柄ではなく、美を追求すること、そして美を通して自らを表現していくことが何よりも大切だ」という考えに至ったからだと説明し、その時のことを「Drop Out(ドロップ・アウト) = Drop in(ドロップ・イン)」という言葉で表現しました。「ASRIを退学した瞬間(ドロップ・アウト)から、本当の意味で「美に没頭する瞬間(ドロップ・イン)が始まった」と考えているためです。

そして、ASRIで学んだ年月を「美術を勉強することは、正に美を追求することだということを知り得た7年間だったように思う」と振り返りました。かつては、自らの意思でドロップ・アウトしたASRIですが、近年はゲスト講師として迎えられることもあるそうです。

ヘリ・ドノ氏は過去の写真と共にアーティストとしての生き方を振り返った(写真:三浦尚志)
ヘリ・ドノ氏は過去の写真と共にアーティストとしての生き方を振り返った(写真:三浦尚志)

「ヨーロッパの人たちは、自らが作るものだけが現代アートと考えていた」

ヘリ・ドノ氏は、1991年から長きに渡り、ヨーロッパを旅します。そこで、ヨーロッパのアート関係者が持つアジアのアートに対する偏見に直面します。それは、彼の作品に対する捉え方にも表れていました。

ヨーロッパの人たちは、彼の作品を現代アートというよりは、出身地であるインドネシア色を持ち、民族性を謳った作品と捉え、美術館ではなく民族学博物館に何度も展示したそうです。

「ヨーロッパの人たちは、現代アートは自らが作り上げたものであると同時に、自らが作るものだけが現代アートと考えていた」とヘリ・ドノ氏は当時を振り返ります。そして、その捉え方こそ、彼の作品のコンセプトを真に理解する妨げとなっていたと感じたそうです。

そのような環境の下でも、美を通して自らを表現することを続けました。そして、幾つかの展覧会を経て、彼の作品は1996年に現代アートの美術館のひとつであるオックスフォード現代美術館(イギリス)で展示されることになりました。ヨーロッパにおいても作品のコンセプトが真に理解された出来事のひとつと感じているとのことです。

自身の作品の前に立ち、参加者へのメッセージを伝えたヘリ・ドノ氏(写真:三浦尚志)
自身の作品の前に立ち、参加者へのメッセージを伝えたヘリ・ドノ氏(写真:三浦尚志)

「自然とアートと自分との間には距離がないことを感じてほしい」

イベントの最後に、参加者は福武ハウスに展示されている「The Odyssey of Heridonology」(絵画)、「Angels Fallen from the Sky」(インスタレーション)をアーティストと一緒に鑑賞しました。「作品を通じて、見る人に何を受け取ってもらいたいか?」という三木あき子の問いかけに対して、ヘリ・ドノ氏は「作品が展示されている空間にいる私たちはいま、作品の一部であると同時に、インスタレーションの一部であるとも言えるでしょう。天井から吊られている天使(「Angels Fallen from the Sky」)は、希望の象徴であると同時に、明るい未来を感じさせてくれる様な雰囲気を持っています。その雰囲気と一緒になって、アートだけではなく自分の周りにある自然にも関心を向けてほしい。そして、自然とアートのどちらかではなく、自然とアートのどちらにも人間として自分が存在しているのだという感覚を味わってほしいと思います。また、外(アートや自然)と自分との間には距離がないことを感じていてほしい。そして、その感覚を覚えていてほしいと思います」と答えました。

イベント後、参加した大学生の一人、金田奈緒さんは「ヘリ・ドノさんが自ら経験し、考えてきたことを伺ったことで、すごく作品の深みというか奥の部分まで知れた気がしたし、新たな視点を得ることができました」と語りました。参加者は、ヘリ・ドノ氏の経験から生まれた言葉を通じて彼が作品に宿した「問い(かけ)」についても、考えるきっかけになったのではないでしょうか。

福武ハウスは、陽の光と共に刻一刻と変化する瀬戸内の海の色や、小豆島の風土が育む荘厳な自然を五感で味わいながら、時を紡いでたどり着く場所です。穏やかな空気に包まれてひとつひとつの作品とゆっくり対話できる場所でもあります。ヘリ・ドノ氏の語る「外(アートや自然)と自分との間には距離がないことを実際に体感してみてはいかがでしょうか。

<アジア・ギャラリー「眼にみえる魂― ベネッセアートサイト直島のアジアコレクションを中心に」>
開館日:瀬戸内国際芸術祭2019会期中
(春会期:4月26日~5月26日、夏会期:7月19日~8月25日、秋会期:9月28日~11月4日)
開館時間:9:30~17:00(最終入館16:30)
鑑賞料金:510円(15歳以下無料)

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